
知らぬ者のいないあのフレーズ
高知といえば**「よさこい節」**。
「土佐の高知のはりまや橋で坊さんかんざし買うを見た♪」というあの有名な節ですね。
この唄の元ネタは、なんとスキャンダル。
女性との交際を禁じられた坊さんが、女性に贈るかんざしを買っているところを目撃されて…土佐の町はもう大騒ぎ!
噂に追い詰められた本人は自殺したと言われています
当時のゴシップネタが、まさか後世まで残る唄のフレーズになるとは誰も思わなかったでしょう。

坊さんが渡ったのは「はりまや橋」
節にもある通り、坊さんが渡った橋ははりまや橋。
この橋の前には播磨屋というお店があり、そのすぐ近くにかんざしを売っていた橘屋がありました。

橘屋のルーツはまんのう町の西長尾城!?
この橘屋さん、ただの商人ではありません。
実は、香川県仲多度郡まんのう町にあった西長尾城の城主の子孫だったのです。
西長尾城は、長宗我部元親が讃岐を攻略する際に長尾氏と築いた大きな城。
今でも城跡がしっかり残っていて、戦国時代の空気を感じられる貴重な史跡です。

戦国のキーパーソン「国吉甚左衛門」
この西長尾城を守っていたのが国吉甚左衛門。
長宗我部軍の中でも信頼の厚い家臣で、讃岐攻略では土佐・讃岐・阿波の兵がここに集まり、香川県東部へ進軍した拠点となりました。
長宗我部氏が滅んだ後、国吉氏は武士を捨て商人へ。
その末裔が、かんざし屋「橘屋」を営むことになったわけです。
商人としてのその後
国吉家は商売を続け、高知県内で酒屋さんとして今も存在しているとか。
戦国武将の末裔が、時を経てよさこい節の一節に名前を残すなんて…歴史の縁は不思議です。
香川とよさこい節、まさかの縁
「坊さんがかんざし買う」…その裏に、まんのう町の歴史が隠れているとは驚きです。
高知と香川、山を挟んで意外と近いからこそ生まれた物語かもしれませんね。